島根大学・神戸女学院大学の川瀬雅也と心身教育研究所の土江正司の共催で行っている哲学カフェ「晤語(ごご)の哲学」のご紹介です。
哲学カフェとは、ふだん話題にすることはないけれど、人生、社会、人間にとって本質的な問題(例えば、「生きがいって何?」「言葉って何?」など)について、ゆっくりとお茶を飲みながら、参加者みんなでアレコレと話しあい、考え、悩んでみるという企画です。ただし、本質的な問題ですから答えは出ません。むしろ、対話を通してとことん問いを深め、じっくり考えることがねらいです。
開催は原則月一回、土曜または日曜の午後、場所は島根大学学生市民交流ハウス FLAT(島根大学松江キャンパス正門進んで左手)です。
参加申込、問い合せは、下の「参加申込/問い合せ」フォームを利用し、名前、メールアドレスとともに送信してください。なお、参加費は不要です。
ちなみに、「晤語(ごご)」とは「相対してうちとけて語ること」という意味です。
2015年12月13日日曜日
2015年11月16日月曜日
十二月の「晤語の哲学」のご案内
先日の十四日、松江での一回目の哲学カフェ「晤語(ごご)の哲学」が行われました。チラシ、フリーペーパー、新聞、インターネットなど、いろいろな手段で宣伝しましたが、何人くらいの方に来ていただけるのか不安でした。しかし、結局は15名もの方に(手伝いの学生も入っていますが)集まっていただき、哲学カフェとしてはちょうどよい人数で開催することができました。初回開催にもかかわらず、「勇気を奮って」、しかも雨の中、参加していただいた方々、ありがとうございました。
対話も非常に活発に行われ、皆さん初めての参加とは思えないほど。ちょっと抽象的な内容から、自分が身近に感じていること、以前からつくづく思っていることなど、いろいろな思いを語って、意見を交わしていただき、こちらも改めて深く考えさせられました。慣れないうちはなかなか対話に参加できないということもありますが、聞いてるだけでも楽しいですよ。また次回が楽しみです。
さて、その次回ですが、以下の要領で開催します。ご興味がおありの方は、ぜひ一度「試し」で参加してみてください。哲学カフェはまったくフリーです。継続しなければならないこともありませんし、時間途中から参加されてもいいし、途中で帰っても構いません。参加者の対話を聞いているだけでも問題ありません。とにかく、私たちは、月一回、どこかの土曜の14時~16時にカフェを開いていますので、どうぞお気軽にご参加ください。問い合わせもお気軽に。
で、次回は・・・。
日時:12月12日(土) 14時~16時
場所:島根大学 学生市民交流ハウス FLAT
(島根大学松江キャンパス正門入ってすぐ)
テーマ:「〈本当の自分〉って何?」
参加費:無料
参加方法:当日、現地に集合。申し込み不要。
問い合せ先:0852-32-6284(直通) 島根大学教育学部 川瀬研究室
kawase@edu.shimane-u.ac.jp
kawase@edu.shimane-u.ac.jp
今回のテーマ:「〈本当の自分〉って何?」
教員の仕事をしていると、よく学生から「友達に合わせて行動していたら〈本当の自分〉が何なのか分からなくなりました」などという相談を受けます。これは多くの人が若いうちに少なからず経験することなのかもしれません。「自分探し」などという言葉もよく使われますが、これも、いわば〈本当の自分〉を見失ってしまった人の「〈本当の自分〉探し」なのでしょう。しかし、一方で、「〈本当の自分〉など存在しない」という意見もよく聞きます。人間はどこにいても常に「仮面」をかぶって生きているだけだと。「人、人間、人格」などを意味する英語のパーソン(person)はラテン語のペルソナ(persona)が語源らしいですが、これは「仮面」を意味するということです。「人間」とは〈常に仮面をかぶって生きている存在〉ということなのでしょうか。仮面を脱ぐことはありえないのでしょうか。しかしそれでも、誰でもがいろいろな場面で「自分を偽っている」と感じることがあるということもまた否定できないことでしょう。では、そのように「〈自分を偽っている〉と感じている自分」とは、どんな自分なのでしょうか。それもまた仮面、つまり〈偽りの自分〉なのでしょうか? それとも、たとえ私たちが仮面を脱ぐことがないとしても、「自分は仮面を被っている」と知っているかぎり、それを知っている自分は〈本当の自分〉なのでしょうか。しかしそもそも、「自分」ってそんなにたくさんいるのでしょうか? 〈本当〉も〈偽り〉もなく、ただ〈一つの自分〉があるだけなのではないでしょうか? いったい〈本当の自分〉って何なのでしょうか?2015年10月14日水曜日
テーマが決まりました。
松江での第一回の哲学カフェ「晤語の哲学」のテーマが決まりました。
テーマ:「〈多様性を尊重する〉ってどういうこと?」
今回のテーマは「〈多様性を尊重する〉ってどういうこと?」です。近年、さまざまな領域で「多様(性)」という言葉が頻繁に使われています。「生物多様性」「多様な人材」「多様なニーズ」などなど。多様の反対は均一や統一でしょうか。さまざまな事柄は、多様であるよりも、統一がとれ、均一であるほうが扱いやすく、分かりやすいと思いますが、なぜ多様性が尊重されるべきだと言われるのでしょうか? また、多様性の尊重が叫ばれるということは、私たちの今の社会が必ずしも多様性を尊重していないということなのでしょうか? では、多様性を尊重しないことがいかなる弊害を生み、また、多様性を尊重することがいかなる価値を持つのでしょうか? 逆に、多様性が弊害をもたらすことはないのでしょうか? 多様性の尊重が叫ばれる一方で、意志の統一や一致団結に価値が置かれもします。ここに矛盾はないのでしょうか? 「多様性を尊重すべき」と言いつつ、いったい私たちは具体的には何を尊重したらいいのでしょうか? さてはて、疑問は尽きません。会場で、こんな問題についてあれこれと考え悩んでみましょう。
再度、次回開催の要領をまとめておきます。
日時:11月14日(土) 14時~16時
場所:島根大学 学生市民交流ハウス FLAT
(島根大学松江キャンパス正門入ってすぐ)
テーマ:「〈多様性を尊重する〉ってどういうこと?」
参加費:無料
参加方法:当日、現地に集合。申し込み不要。
問い合せ先:0852-32-6284(直通) 島根大学教育学部 川瀬研究室
kawase@edu.shimane-u.ac.jp
テーマ:「〈多様性を尊重する〉ってどういうこと?」
今回のテーマは「〈多様性を尊重する〉ってどういうこと?」です。近年、さまざまな領域で「多様(性)」という言葉が頻繁に使われています。「生物多様性」「多様な人材」「多様なニーズ」などなど。多様の反対は均一や統一でしょうか。さまざまな事柄は、多様であるよりも、統一がとれ、均一であるほうが扱いやすく、分かりやすいと思いますが、なぜ多様性が尊重されるべきだと言われるのでしょうか? また、多様性の尊重が叫ばれるということは、私たちの今の社会が必ずしも多様性を尊重していないということなのでしょうか? では、多様性を尊重しないことがいかなる弊害を生み、また、多様性を尊重することがいかなる価値を持つのでしょうか? 逆に、多様性が弊害をもたらすことはないのでしょうか? 多様性の尊重が叫ばれる一方で、意志の統一や一致団結に価値が置かれもします。ここに矛盾はないのでしょうか? 「多様性を尊重すべき」と言いつつ、いったい私たちは具体的には何を尊重したらいいのでしょうか? さてはて、疑問は尽きません。会場で、こんな問題についてあれこれと考え悩んでみましょう。
再度、次回開催の要領をまとめておきます。
日時:11月14日(土) 14時~16時
場所:島根大学 学生市民交流ハウス FLAT
(島根大学松江キャンパス正門入ってすぐ)
テーマ:「〈多様性を尊重する〉ってどういうこと?」
参加費:無料
参加方法:当日、現地に集合。申し込み不要。
問い合せ先:0852-32-6284(直通) 島根大学教育学部 川瀬研究室
kawase@edu.shimane-u.ac.jp
2015年10月9日金曜日
「晤語の哲学」を再開します。
2014年3月以来、お休みしていた哲学カフェ「晤語の哲学」ですが、この度、場所を佐世保から松江に移し、再開することにいたしました。
今後は、島根大学教育学部共生社会教育講座哲学教室の主催として開催いたします。
とりあえず、松江での第一回は、下記の要領で行います。
日時:11月14日(土) 14時~16時
場所:島根大学学生市民交流ハウス FLAT
(島根大学松江キャンパス正門入ってすぐ)
参加費:無料
参加方法:当日、現地に集合。申し込み不要。
問い合せ先:0852-32-6284(直通) 島根大学教育学部 川瀬研究室
kawase@edu.shimane-u.ac.jp
対話のテーマは現在検討中ですので、改めてお知らせいたします。
佐世保の時と同様、松江での哲学カフェ「晤語の哲学」もよろしくお願いいたします。
お友達をお誘い合わせの上、どうぞ、お気軽にご参加ください。
2014年3月2日日曜日
三月の「晤語の哲学」のご案内
三月の哲学カフェ「晤語の哲学」を下記のように開催いたします。お知り合いもお誘い合わせのうえ、どうぞご参加ください。
日時:3月15日(土) 15時~17時
場所:Esu and Kei (エス アンド ケイ)
佐世保市天満町2-17(佐世保警察署隣)
(市バス「谷郷町」下車徒歩3分、近隣に駐車場有。
県北振興局総合庁舎裏の駐車場は土日無料で駐車可。)
テーマ:「幸福って何?」
参加費:無料(個人の飲食代のみ必要)
参加方法:当日、現地に集合。申し込み不要。
問い合せ先:0956-34-8436(直通)、または、090-1517-2850
あるいは、kawase@sasebo.ac.jp
Esu and Keiの場所は以下のURLをご覧いただけば掲載されています。
http://tabelog.com/nagasaki/A4202/A420201/42000959/dtlmap/
2005年から、途中、中断はあったものの、8年半に亘って佐世保や長崎で哲学カフェを開催してきましたが、4月より、主催者が島根大学に転任することになり、佐世保での哲学カフェは今回が最後となりました。
佐世保や長崎での開催に際して、これまで多くの方にご参加いただきました。本当にありがとうございました。参加いただいた方々に「何か残す」ことができたのか、心もとないかぎりですが、少なくとも、少しは「哲学」を身近に感じてもらい、また、哲学的な観点から考えることの楽しさ、そして、意見を交わすことの楽しさを味わってもらえたのではないかと思っています。
私が、参加いただいたみなさんに残せたものはわずかですが、私の方は、この哲学カフェから本当に大きな財産をもらいました。私にとって、哲学カフェは、哲学や哲学的思考を、いかに社会化し、日常化するかという試みだったのですが、8年半に亘るその実践は、今後、哲学を研究し、教育していく際に、そして、私の人生そのものにとっても、多いに役立つことだろうと思います。佐世保や長崎での経験を糧にして、今後も、こうした取り組みを続けていきたいと考えています。
さて、佐世保での最後の「晤後の哲学」のテーマは「幸福って何?」です。古代ギリシア以来問われ続けいているこのテーマは、人間にとっての永遠のテーマだと言えるかもしれません。それぞれの人がみな、〈自分の幸福〉を追求しているわけですが、いったい、〈人間にとっての幸福〉とは何なのでしょうか。そして、「幸福」を手に入れるには、どう行動し、どう生きたらいいのでしょうか。哲学カフェは、やはり最後の最後まで、「答えのない問い」を繰り返します。問いは開かれまま終わることになるでしょうが、しかし、この〈人間性に関わる普遍的な問い〉への答えは、実は、〈みなさん一人一人の人生〉のうちにあるような気もします。
日時:3月15日(土) 15時~17時
場所:Esu and Kei (エス アンド ケイ)
佐世保市天満町2-17(佐世保警察署隣)
(市バス「谷郷町」下車徒歩3分、近隣に駐車場有。
県北振興局総合庁舎裏の駐車場は土日無料で駐車可。)
テーマ:「幸福って何?」
参加費:無料(個人の飲食代のみ必要)
参加方法:当日、現地に集合。申し込み不要。
問い合せ先:0956-34-8436(直通)、または、090-1517-2850
あるいは、kawase@sasebo.ac.jp
Esu and Keiの場所は以下のURLをご覧いただけば掲載されています。
http://tabelog.com/nagasaki/A4202/A420201/42000959/dtlmap/
2005年から、途中、中断はあったものの、8年半に亘って佐世保や長崎で哲学カフェを開催してきましたが、4月より、主催者が島根大学に転任することになり、佐世保での哲学カフェは今回が最後となりました。
佐世保や長崎での開催に際して、これまで多くの方にご参加いただきました。本当にありがとうございました。参加いただいた方々に「何か残す」ことができたのか、心もとないかぎりですが、少なくとも、少しは「哲学」を身近に感じてもらい、また、哲学的な観点から考えることの楽しさ、そして、意見を交わすことの楽しさを味わってもらえたのではないかと思っています。
私が、参加いただいたみなさんに残せたものはわずかですが、私の方は、この哲学カフェから本当に大きな財産をもらいました。私にとって、哲学カフェは、哲学や哲学的思考を、いかに社会化し、日常化するかという試みだったのですが、8年半に亘るその実践は、今後、哲学を研究し、教育していく際に、そして、私の人生そのものにとっても、多いに役立つことだろうと思います。佐世保や長崎での経験を糧にして、今後も、こうした取り組みを続けていきたいと考えています。
さて、佐世保での最後の「晤後の哲学」のテーマは「幸福って何?」です。古代ギリシア以来問われ続けいているこのテーマは、人間にとっての永遠のテーマだと言えるかもしれません。それぞれの人がみな、〈自分の幸福〉を追求しているわけですが、いったい、〈人間にとっての幸福〉とは何なのでしょうか。そして、「幸福」を手に入れるには、どう行動し、どう生きたらいいのでしょうか。哲学カフェは、やはり最後の最後まで、「答えのない問い」を繰り返します。問いは開かれまま終わることになるでしょうが、しかし、この〈人間性に関わる普遍的な問い〉への答えは、実は、〈みなさん一人一人の人生〉のうちにあるような気もします。
2014年2月3日月曜日
二月の「晤語の哲学」のご案内
二月の哲学カフェ「晤語の哲学」を下記のように開催いたします。お知り合いもお誘い合わせのうえ、どうぞご参加ください。
日時:2月15日(土) 15時~17時
場所:Esu and Kei (エス アンド ケイ)
佐世保市天満町2-17(佐世保警察署隣)
(市バス「谷郷町」下車徒歩3分、近隣に駐車場有。
県北振興局総合庁舎裏の駐車場は土日無料で駐車可。)
テーマ:「〈あいまいさ〉の功罪」
参加費:無料(個人の飲食代のみ必要)
参加方法:当日、現地に集合。申し込み不要。
問い合せ先:0956-34-8436(直通)、または、090-1517-2850
あるいは、kawase@sasebo.ac.jp
Esu and Keiの場所は以下のURLをご覧いただけば掲載されています。
http://tabelog.com/nagasaki/A4202/A420201/42000959/dtlmap/
今回のテーマは「あいまいさ」です。今回はテーマ設定の背景をあえてご説明しましょう。昨年11月、60歳の男性が、出生直後に別の新生児と取り違えられていたことが、DNA鑑定の結果、明らかになりました。もちろん、それは〈正しい〉親子・兄弟関係が分かったわけですから、良いことなのかもしれませんが、では、60年間続いた「育ての親と子の関係」は〈正しくない〉親子関係だというのでしょうか? DNA鑑定に持ち込まれた理由がどうあれ、60年間の親子関係にも、その重さ、その〈正しさ〉があるような気がしてなりません。
近年の科学技術の発達によって、かつては〈あいまい〉でしかなったことが、〈白黒はっきり〉と決着がつくようになっています。確かに、〈あいまい〉は良くない面があるかもしれませんが、かといって、〈白黒はっきりさせる〉ことがいつもいいことなのでしょうか?
科学技術の問題に限らず、私たちは普段、様々な〈あいまいさ〉の中で生きています。特に〈あいまいさ〉は日本文化の特徴のように語られることもあります。しかし、その一方で、現代のように、多様な利害が錯綜しあうなかでは、紛争や対立を避けるためにも、可能なかぎり〈あいまいさ〉を取り除こうとする動きも顕著です。こうした状況の中で、私たちは、〈あいまいさ〉というものとどう付きあうべきなのでしょうか。〈あいまいさ〉の功罪を考えることを通して、社会の中で生きることの意味を考えてみたいと思います。
日時:2月15日(土) 15時~17時
場所:Esu and Kei (エス アンド ケイ)
佐世保市天満町2-17(佐世保警察署隣)
(市バス「谷郷町」下車徒歩3分、近隣に駐車場有。
県北振興局総合庁舎裏の駐車場は土日無料で駐車可。)
テーマ:「〈あいまいさ〉の功罪」
参加費:無料(個人の飲食代のみ必要)
参加方法:当日、現地に集合。申し込み不要。
問い合せ先:0956-34-8436(直通)、または、090-1517-2850
あるいは、kawase@sasebo.ac.jp
Esu and Keiの場所は以下のURLをご覧いただけば掲載されています。
http://tabelog.com/nagasaki/A4202/A420201/42000959/dtlmap/
今回のテーマは「あいまいさ」です。今回はテーマ設定の背景をあえてご説明しましょう。昨年11月、60歳の男性が、出生直後に別の新生児と取り違えられていたことが、DNA鑑定の結果、明らかになりました。もちろん、それは〈正しい〉親子・兄弟関係が分かったわけですから、良いことなのかもしれませんが、では、60年間続いた「育ての親と子の関係」は〈正しくない〉親子関係だというのでしょうか? DNA鑑定に持ち込まれた理由がどうあれ、60年間の親子関係にも、その重さ、その〈正しさ〉があるような気がしてなりません。
近年の科学技術の発達によって、かつては〈あいまい〉でしかなったことが、〈白黒はっきり〉と決着がつくようになっています。確かに、〈あいまい〉は良くない面があるかもしれませんが、かといって、〈白黒はっきりさせる〉ことがいつもいいことなのでしょうか?
科学技術の問題に限らず、私たちは普段、様々な〈あいまいさ〉の中で生きています。特に〈あいまいさ〉は日本文化の特徴のように語られることもあります。しかし、その一方で、現代のように、多様な利害が錯綜しあうなかでは、紛争や対立を避けるためにも、可能なかぎり〈あいまいさ〉を取り除こうとする動きも顕著です。こうした状況の中で、私たちは、〈あいまいさ〉というものとどう付きあうべきなのでしょうか。〈あいまいさ〉の功罪を考えることを通して、社会の中で生きることの意味を考えてみたいと思います。
2014年1月7日火曜日
一月の「晤語の哲学」のご案内
明けましておめでとうございます。本年も「晤語の哲学」をどうぞよろしくお願い申し上げます。
さて、一月の哲学カフェ「晤語の哲学」を下記のように開催いたします。お知り合いもお誘い合わせのうえ、どうぞご参加ください。
日時:1月18日(土) 15時~17時
場所:Esu and Kei (エス アンド ケイ)
佐世保市天満町2-17(佐世保警察署隣)
(市バス「谷郷町」下車徒歩3分、近隣に駐車場有。
県北振興局総合庁舎裏の駐車場は土日無料で駐車可。)
テーマ:「ファッションって何?」
参加費:無料(個人の飲食代のみ必要)
参加方法:当日、現地に集合。申し込み不要。
問い合せ先:0956-34-8436(直通)、または、090-1517-2850
あるいは、kawase@sasebo.ac.jp
Esu and Keiの場所は以下のURLをご覧いただけば掲載されています。
http://tabelog.com/nagasaki/A4202/A420201/42000959/dtlmap/
今回のテーマは「ファッション」です。といっても、「晤語の哲学」ですから、「今年は何が流行るか」という話ではなく、なぜ人はファッションにこだわるのか、ファッションは何をめざしているのか、体を飾ることに何の意味があるのか、など、ファッションの哲学的な本質の解明をめざしたいと思います。
ファッションというのは言わば「余計なもの」です。寒さなどから身を守るために服を纏うのは自然なのことですが、ファッションには「それ以上」の意味があるように思えます。この「余計なもの」「それ以上」とは何でしょうか。そして、人はなぜ、この「余計なもの」「それ以上」にこれほどまでにこだわるのでしょうか? 自己顕示欲でしょうか? しかし、ユニフォームのように同じファッションを身に纏っている状況の中では「自己顕示欲」は満たされません。伝統的には、ファッションのなかにも、社会的な立場や役割等を周りに示すという実用的な意味合いがあったかもしれません。しかし、ファッションはしばしば、そうした実用性を超える「遊び心」から発達してきたように思います。また、人々の中にも、とりわけファッションにこだわる人とそうでない人がいますが、その違いは何でしょうか? ファッションを通して、私たちが社会のなかで生きる意味にまでも考えを広げていければいいと思います。
さて、一月の哲学カフェ「晤語の哲学」を下記のように開催いたします。お知り合いもお誘い合わせのうえ、どうぞご参加ください。
日時:1月18日(土) 15時~17時
場所:Esu and Kei (エス アンド ケイ)
佐世保市天満町2-17(佐世保警察署隣)
(市バス「谷郷町」下車徒歩3分、近隣に駐車場有。
県北振興局総合庁舎裏の駐車場は土日無料で駐車可。)
テーマ:「ファッションって何?」
参加費:無料(個人の飲食代のみ必要)
参加方法:当日、現地に集合。申し込み不要。
問い合せ先:0956-34-8436(直通)、または、090-1517-2850
あるいは、kawase@sasebo.ac.jp
Esu and Keiの場所は以下のURLをご覧いただけば掲載されています。
http://tabelog.com/nagasaki/A4202/A420201/42000959/dtlmap/
今回のテーマは「ファッション」です。といっても、「晤語の哲学」ですから、「今年は何が流行るか」という話ではなく、なぜ人はファッションにこだわるのか、ファッションは何をめざしているのか、体を飾ることに何の意味があるのか、など、ファッションの哲学的な本質の解明をめざしたいと思います。
ファッションというのは言わば「余計なもの」です。寒さなどから身を守るために服を纏うのは自然なのことですが、ファッションには「それ以上」の意味があるように思えます。この「余計なもの」「それ以上」とは何でしょうか。そして、人はなぜ、この「余計なもの」「それ以上」にこれほどまでにこだわるのでしょうか? 自己顕示欲でしょうか? しかし、ユニフォームのように同じファッションを身に纏っている状況の中では「自己顕示欲」は満たされません。伝統的には、ファッションのなかにも、社会的な立場や役割等を周りに示すという実用的な意味合いがあったかもしれません。しかし、ファッションはしばしば、そうした実用性を超える「遊び心」から発達してきたように思います。また、人々の中にも、とりわけファッションにこだわる人とそうでない人がいますが、その違いは何でしょうか? ファッションを通して、私たちが社会のなかで生きる意味にまでも考えを広げていければいいと思います。
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